Ume(Japan)

日本では、俗に「バッキー事件」と呼ばれる、ポルノ撮影の際の暴力事件がありました。 ポルノ映像撮影と言われていますが、その内容は凄惨な暴力の記録です。 溺死寸前まで繰り返し溺れさせる、身体に火をつけられる、膣にさまざまな異物を入れられるといった暴行を受け、 身体や精神に障害を負った人がたくさんいました。 日本のポルノ撮影時の暴力は、現在も続いており、問題化しています。 また、現在あらたに、多くの女性が騙され、脅迫され、ポルノ撮影をさせられているという問題が浮上してきました。 彼女たちの多くは、自ら望んで納得してポルノ女優になったのではなく、 騙され、脅迫され、断れない状況に追い込まれ、ほんの僅かな給料で、暴力的な強姦や撮影を強要されます。 被害者は膨大な数に上り、障害を負う人、精神を病む人、自殺者まで出ています。 現在、こうした被害に対して、ポルノ女優や弁護士が声を上げ始めました。 しかし、それに対するバッシングはとても多く、声を上げた人達もまた脅迫にされされています。 過去にもこの問題に取り組んだ女性ジャーナリストがいました。 しかし彼女は激しいバッシングにあい、追い詰められ、自殺しています。 この国は、いいかげんに、女も人間であるということを知るべきだ。

匿名

来客の9割は男性への面会なのに、案内表示で女性のお辞儀イラスト。

高見みさと

お盆や正月、親戚のうちに行くと、男性は冷暖房の効いた座敷でご馳走を食べ、女性は台所で料理と後片付けしながら、残り物をたべます。座敷には入れません。

浦原

私の友人は父親にレイプされて出産した。父親は逮捕も起訴もされていない。それももう時効である。

恵

私の場合、多分他人から見ると大物ではないと思います。それでもすごくもやもやしていたので、ここに投稿させていただきます。 クリスマス前に、私は友達何人かと一緒に食事し、最後に皆に自分で焼いたクッキーを配りました。私は海外で育ったので、クリスマス時期にお菓子を焼くのが好きなので。その時、男友達に「女子力高いね」と言われました。その人は誉め言葉としていったんだと思います、決して悪気はなかったと思います。でも私はなんて反応していいか分かりませんでした。 私は女子だから皆にお菓子配ったわけじゃないです。海外では男友達で私と同じくらいお菓子作りが好きな男子も何人います。その人たちにも「女子力高いね」と言っても褒め言葉として解釈されるのでしょうか。むしろ馬鹿にしてるように見えます。 また、私は理系専門で、趣味も「女子っぽくない」趣味の方がむしろ多いです。実験室日本語いるため、スカートよりズボンが多い時期もあります。それは私の「女子力」を下げるのか。 女友達でも料理、菓子作り苦手な人もいます。その人達は何か女として欠けているのか。違うと思います。私の行動、趣味、専門がどうであろうか、私は女だということは変わらないと思います。増えるものでも減るものではないと思います。 でも、そう言えるのも今となってだけで、当時は「誉め言葉」を受け入れられない、「嫌な」女とは思われたくなくて、何も言えませんでした。

ぽん

ヒールで通勤するのが辛い、痛い。マナー規定で女性はメイクをしないといけないらしいが、いやな時もある。社内報で結婚報告があるとき、女性の喜びは「パートナーと一緒にいれること」なのに男性の喜びは「おいしいごはんが待ってること」なのが怖い。

えん

およそ10年前、私が小学校2年生か3年生だったかの時、学校帰りにある家の前を通りました。友だちと後で遊ぶ約束をして別れ、1人になって歩き出して少ししたほどにあった家の郵便ポストの前に、1人の中学生が立っていました。来ていた体操服のラインの色を見て、兄の同級生だと分かりました。私が歩いて横を通るのをじっと見つめてきて、通り過ぎた後から「ちょっといいかな」と声をかけられました。私が反応するより前に背後から両腕が伸びてきて、体を触られました。突然のことに思考が完全に止まったのを覚えています。ようやく逃げなきゃと思えたのは、胸から胴にかけてをまさぐっていた男の手が股間に移ろうとした時でした。私よりうんと背の高い檻から抜け出そうともがくと、逃さないように私のランドセルを掴んで握りしめるのが分かりました。それでも必死にもがいて、ようやく抜け出せた瞬間に、私は勢いよく走って逃げました。私の家は同じ大通りの、1つ隣のブロックにありました。振り返ることなく走ってもうすぐで家に着くという時、もし男が追いかけて来ていたらどうしよう?と思い怖くなりました。玄関の階段を勢いよくのぼりつめて、扉を開けようとすると鍵がかかっていてパニックになりました。それでも後ろを振り向いて確認することが出来なくて、半ば暴れるように鍵を開けました。そこでようやく道路を見て、誰もいないと確認するや否や家に入って扉の鍵を閉めました。家には兄が既に中学校から帰ってきていて、でも兄以外には誰もいませんでした。痴漢してきた男と同じ体操服を着ている兄を見て、どうしたらいいか分からず「ただいま」とだけ言って母の布団に潜り込みました。少しして、ダイニングにいた兄が自分の部屋に上がっていく音を聞いて、それからまたしばらくしてから母の布団から抜け出し、友だちと遊ぶために家を出ました。集合場所の公園に行く時、いつも通っていたその男の家の前を避けるために、違う道を選んで、なるべく遠回りをして行きました。それからはいつも違う道を選びました。通学路でもあったので、通学時間には随所にPTAの人が児童が違う道を通らないように立っていて、その時だけ仕方なくその家の前を通りました。顔をあげないようにして、学帽をなるべく深く被って、早歩きで通りました。ランドセルに付けていたキーホルダーも外しました。母と車に乗ってその家の前を通る時も、いつも見ないようにしていました。母にも、誰にもこの話をしたことはありません。当時は言っていい事なのか分からなかったし、今はこんな昔の話をしていいのか、なんと言われるのかが分からず怖くて出来ません。加害者が誰なのかはっきりと分かっているからこそ、信じてもらえるかが分からないのです。 昨年、兄が就職し家を出た時、ようやく1人でその家の前を通ることが出来ました。当時あった自転車はもう無くなっていて、外装も数年前に塗り替えられました。当時の記憶に常に怯えて生きている訳ではありませんが、それでも、私だけがあの記憶の中に1人取り残されているように感じます。

麟

父親は女性差別を無意識のうちにする人だ。仕事姿などは尊敬できるが、将来の話の中で女性は結婚する事が幸せだと絶対的な信じている。大学卒業後に将来有望な夫を見つけ、子供を産みその子に勉学を家でも身につけさせる事が国の為になるという。毎回嫌だと言っても必ず最初と最後にこの話をする。私はうまく自分の言葉を紡ぐ事が出来ないから毎回嫌な気持ちのまま父の説教を聞かされる。

熊谷敏子

今まで働いてきて様々なセクハラに耐えて合わせてきましたが今回は今日感じたハラスメントについて。 googleやスマートニュースで“男尊女卑”の記事を読みました。報道には日本の男尊女卑の問題が根深く容認出来ないという記事が多くありましたが。Twitterで見てみると、女性嫌悪をの表現が多く見られました。女性のアカウントでも女性嫌悪の立場に立っている投稿があり、男尊女卑がいかに根付いているか。ショックでした。走馬灯の様に過去のセクハラを思い出しました。私も同調の立場に立った事もあると思います。欧米の記事では100%男尊女卑に批判的なので、グローバリズムに則り、クォーター制を導入するなど変革のチャンスです。団結しましょう。

YK

仕事で満員電車に乗る必要があったとき、月に数回は痴漢に遭った。お尻を触られたりもまれたり、後ろを振り向いてにらんだり、「やめてください」と言うと顔をそむけるが、混んでいるときには体を動かせない。痴漢に遭って泣いている女性を数回見たこともある。また、職場では、年配男性に「女性なのに〜だね」と言われたことが数度ある。褒め言葉のつもりだろうが嫌な気分になった。